九戸政実

1536年に生まれたと伝えられる九戸出身の戦国時代の武将。南部家と同族の家臣で、九戸氏24代当主。秀吉の天下統一の最後の決戦。南部家の新しい当主、信直を認めず5,000人で挙兵したのは、秀吉の奥州仕置の翌年、1591年。秀吉が認めた信直への反旗は、秀吉への反旗と、豊臣秀次を総大将に、浅野長政、井伊直政、蒲生氏郷、堀尾吉晴ら武将が集結し、九戸城を包囲しました。約6万5,000の兵が集まりました。地方の小城ながらなかなか落城せず、討伐軍は菩提寺である長興寺の薩天和尚を仲介として「政実の降伏と引き替えに城兵の命を救う」と和議を申し入れ、政実は投降。しかし約束は反故にされ城内の者はなで切りにされ、政実以下7名の武将は、処刑されました。

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